過去のコラムでも触れましたが、養子縁組を行うと子供の扶養義務は養親が負うことになります。
しかし、このことを知らず、養子縁組をしてもそのことを実親に報告しないことによって、扶養義務がないにもかかわらず、養育費を支払い続けるケースがあります。
今回は、養育費を支払っていた方が、再婚に伴い養育費の減額交渉・調停を検討していたところ、子供が元配偶者の再婚相手と養子縁組をしていることが発覚した事案をご紹介します。
※分かりやすいように実際の事例から、一部脚色しています。
事案の概要
依頼者(元夫)は、毎月3万円を養育費として元妻に支払っていたところ、振込先の子供名義の口座の名前(苗字)が変わっていたことに気づいたため、元妻へ連絡したところ、「養子縁組はしたが、養育費の免除を受け入れるつもりはない」と回答があったため、当事務所にご相談にいらっしゃいました。
ご相談内容から、子供の扶養義務は養親が負うことになるため、養育費免除交渉のご依頼をお受けしました。
戸籍謄本を取り寄せた結果、口座の名義変更の4年前から養子縁組をしていたことも判明し、養子縁組後に支払っていた養育費の合計額は144万円になっていました。
そこで、次の2つの、養子縁組を理由に養育費の減額(支払免除)を元夫が求めた判例を踏まえて内容証明郵便を発送しました。
裁判例1(東京高等裁判所《平成30年3月19日》)
実親と養親の扶養義務について
実母の再婚相手と未成熟子が養子縁組をした場合には,養父となった者は,当該未成熟子の扶養を含めて,その養育を全て引受けたものであるから,実母と養父が,第一次的には,未成熟子に対する生活保持義務を負うこととなり,実父の未成熟子に対する養育費の支払義務はいったん消失するというべきであり,実父は,未成熟子と養父の養子縁組が解消されたり養父が死亡したりするなど養父が客観的に扶養能力を失った場合等に限り,未成熟子を扶養するため養育費を負担すべきものと考えるのが相当である。 |
こちらは、過去のコラムでも紹介した判例(長崎家庭裁判所《昭和51年9月30日》・神戸家庭裁判所姫路支部《平成12年9月4日》・神戸家庭裁判所姫路支部《平成12年9月4日》)と同じ考え方になっています。
養育費の支払義務がないものと変更する始期について
養育費変更の始期については,変更事由発生時,請求時,審判時とする考え方がありえるところ,いずれの考え方にも一長一短があり,一律に定められるものではなく,裁判所が,当事者間に生じた諸事情,調整すべき利害,公平を総合考慮して,事案に応じて,その合理的な裁量によって定めることができると解するのが相当である。 …抗告人において,本件養子縁組以降,実父から養育費の支払を受けられない事態を想定することは十分可能であったというべきである。 …相手方(※元夫)とすれば,本件養子縁組の事実を知らなかった…養子縁組がされたことを変更の事由とする養育費減額の調停や審判の申立てをすることは現実的には不可能であったから,相手方に対して本件養子縁組の日から本件養子縁組がされたことを知った日までの養育費の支払義務を負わせることは,そもそも相当ではない。 …当事者間の公平の観点に照らし,相手方の抗告人に対する養育費の支払義務がないものと変更する始期を事情変更時に遡及させることを制限すべき事情があるとはいえない。 |
裁判例2(東京高等裁判所《令和2年3月4日》)
支払済みの養育費の金額について
支払済みの毎月の養育費は合計720万円に上る上,相手方(※元夫)は,長女のG留学に伴う授業料も支払っている。このような状況の下で,既に支払われて費消された過去の養育費につきその法的根拠を失わせて多額の返還義務を生じさせることは,抗告人ら(※元妻と元妻の再婚相手)に不測の損害を被らせるものであるといわざるを得ない。 |
養子縁組をしたことを知れたかについて
相手方は,…再婚した旨と,…養子縁組を行うつもりであるとの報告を受けている…したがって,…養子縁組がされる可能性があることを認識できたといえ,自ら調査することにより同養子縁組の有無を確認することが可能な状況にあったというべきである…したがって,…養子縁組の可能性を認識しながら,養子縁組につき調査,確認をし,より早期に養育費支払義務の免除を求める調停や審判の申立てを行うことなく,3年以上にもわたって720万円にも上る養育費を支払い続けたわけであるから,本件においては,むしろ相手方は…未成年者らの福祉の充実の観点から合意した養育費を支払い続けたものと評価することも可能といえる。 |
養育費の支払義務がないものと変更する始期について
事情を総合的に考慮すれば,相手方の養育費支払義務がないものと変更する始期については,本件調停申立月…とすることが相当である |
裁判例のポイントまとめ
- 養子縁組をした場合は、養親が子供の扶養義務を負う。
- 支払い義務がないものと変更する始期は、
養子縁組の事実を知らなかった(知ることが困難であった)場合、事情変更時(養子縁組時)に遡ることがある。
養子縁組の可能性が分かっていた場合、調停申立時(請求時)とされることがある。 - 支払済みの養育費が高額である場合は、(全額)返還義務を生じさせるのは難しい。
今回の事案と裁判例のポイントの比較
- 養子縁組をしているか
→養子縁組をしているため、依頼者の養育費の支払い義務はいったん消失している。 - 養子縁組の事実を知ることが出来たか
→相手方からは連絡なし。振込先の子供の口座名義が変更されたことによって養子縁組の事実を知ることになった。
→養育費の支払い義務がないものと変更する始期は、養子縁組時になる可能性が高い。 - 支払済みの養育費
→144万円
→交渉の余地あり。
結果
内容証明郵便を送付してから約2週間後に相手方から、今後の養育費の支払い免除と養子縁組以降の養育費相当額の返還に同意するとの回答がありました。最終的に相手方が一括で支払える100万円を養育費相当額として支払うことで合意が成立し、依頼者は養育費の支払いが免除されただけでなく、100万円も返還されたことで大変満足いただきました。
最終的に、法律相談から約3ヶ月という期間で解決することができました。
まとめ
養子縁組がなされた場合、実親は養育費の支払い義務がなくなります。しかし、養子縁組の事実を知らされずに支払いを続けていた場合、適切な対応により、支払い済みの養育費の返還を求めることができる可能性があります。今回の事案では、裁判例を根拠とした交渉を行うことで、円滑な解決を実現することができました。養育費をはじめとする男女問題・離婚問題に関してお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。