はじめに:別居中の配偶者への自宅明渡し請求とは?
夫婦が離婚を考え別居に至った場合、自宅の所有者である配偶者が、もう一方の配偶者に対して自宅の明渡し(退去することを求める)を請求できるかどうかが問題になることがあります。しかし、明渡し請求は法律上、すぐに認められるわけではなく、いくつかの要件や状況によって判断されます。本コラムでは、離婚前の自宅明渡し請求が認められないことが多くなっている理由をケースごとに解説し、特殊な状況により自宅明渡しや使用料相当額の支払いを認めた判例についても解説します。
本コラムでは、自宅の所有者(名義人)をX、別居中に自宅に残っている配偶者をYとして解説します。
自宅明渡し請求が認められないケース
自宅の名義が請求者にあっても、別居中の配偶者に対する明渡し請求が法的に認められないケースがいくつか存在します。ここでは、その代表的な3つのケースをご紹介します。
明渡しを求める側に婚姻関係破綻の原因がある場合
Xに婚姻関係破綻の原因がある場合、明渡し請求は権利の濫用と見なされる可能性が高くなります。例えば、Xの不貞行為や暴力が原因で別居に至った場合、Xからの明渡し請求は認められにくいでしょう。裁判所は、婚姻関係の破綻に至った経緯や責任の所在を重視し、明渡し請求の正当性を判断します。
使用貸借契約が成立している場合
夫婦間で使用貸借契約が成立していると認められる場合、明渡し請求は認められません。使用貸借契約とは、所有者が無償で物の使用を認める契約です。夫婦間では明確な契約書がなくても、黙示的に使用貸借契約が成立していると判断されることがあります。
夫婦間の同居義務が存在する場合
民法第752条は夫婦の同居義務を定めており、婚姻関係が継続している限り、この義務は存続します。したがって、法律上の婚姻関係が継続している場合、同居義務を根拠にYが明渡しを拒むことができる可能性があります。ただし、婚姻関係が実質的に破綻している場合や、特段の事情がある場合は、この限りではありません。
これらのケースでは、単に所有権があるというだけでは明渡し請求が認められない可能性が高くなります。しかし、次に説明する特殊なケースでは、状況が異なる場合があります。
自宅明渡し請求に関する特殊なケース
一般的には認められにくい自宅明渡し請求ですが、以下のような特殊なケースでは、状況が変わる可能性があります。
暴力・暴言に耐えかねて退去した場合
東京地裁平成24年2月9日判決では、自宅の所有者であるXがYの暴力や暴言に耐えかねて自宅を退去せざるを得なくなった事例が扱われました。この判決では、婚姻関係が完全に破綻しており、その原因が専らYにあるとして、Yは婚姻関係を前提とした同居義務に基づく占有権原がないと判断されました。さらに、Yの行為により使用貸借当事者間の信頼関係が破壊され、自宅を無償で使用させる理由はなくなったことから、Xからの明渡し請求及び明渡しまでの賃料相当損害金の請求が認められました。
明渡し請求を正当化する特段の事情がある場合
徳島地裁昭和62年6月23日判決では、婚姻関係が実質的に破綻しているだけでは直ちに明渡しを求める理由とはならないとしつつも、「明渡し請求を正当とすべき特段の事情」があれば例外的に認められる可能性があるとしました。
この事案では、YがXに対し多額の金員を要求したり、多数回にわたって暴力を加えて何度か怪我をさせたり、店舗の顧客や従業員に嫌がらせをして経営に大きな危害を加えるなど、婚姻の破綻の責任が主としてYにあること、Xにとっては建物が自ら経営する店舗の営業と生活に欠くことができないものであるのに対し、Yは建物を離れても生活していくことが一応可能であることなどから、明渡し請求が認められました。
この判例は、婚姻関係の破綻の原因や、建物の必要性の程度など、総合的な事情を考慮して判断がなされることを示しています。
不動産の共有持分が認められる場合
東京地裁平成24年12月27日判決では、次の3点を理由に、自宅について、持分3分の1はY(妻)の持分に帰属すると認定されました。
- Yは土地購入・自宅建築時に婚姻前に貯蓄していた預金から800万円を出資していた
- 同居期間中の住宅ローンの支払いは、夫婦の共有財産であるX(夫)の給与から支払っていたので、その半分はYの固有財産から支払われたとみなすことができる
- 別居期間中の婚姻費用の算定額は月額20万円だったが、住宅ローンの支払いを理由に月額10万円しか支払われなかったため、残りの月額10万円については住宅ローンの支払に充てられたとみなすことができる
詳しい法的根拠はここでは省略しますが、Yも自宅の持ち分(所有権)があることから、Xからの明渡しを求めることはできないと判断されました。
一方で、Xの持ち分である3分の2については、権原なくして占有していることが明らかであり、これはX持分権を侵害する不法行為にあたるから、自宅の1ヶ月あたりの使用料相当損害金を15万円と認定して、その3分の2である月額10万円の支払いを求めることができると判断しました。
これらの特殊なケースは、一般的な原則の例外となりますが、各事案の具体的な状況によって判断が異なる可能性があります。そのため、専門家による個別の評価が重要となります。
自宅明渡し請求に関する法的アドバイス
自宅明渡し請求は、法律上複雑な問題を含んでおり、慎重な対応が求められます。ここでは、具体的な法的アドバイスを紹介します。
証拠の重要性
自宅明渡し請求の可否を判断する上で、証拠の存在は極めて重要です。例えば、暴力や暴言の証拠(例:診断書、警察への相談記録など)、金銭の取り扱いの記録(例:特有財産による貢献、度を超えた使い込み)などが重要な役割を果たします。
弁護士への相談の必要性
自宅明渡し請求に関する問題は、法的に複雑で、個々の事案によって判断が大きく異なる可能性があります。そのため、問題に直面した場合は、早い段階で弁護士などの法律の専門家に相談することをおすすめします。
弁護士は、あなたの状況を詳細に聞き取り、適切な法的アドバイスを提供することができます。また、交渉や訴訟の必要性、その進め方についても、専門的な観点から助言を得ることができます。
特に、DV(ドメスティックバイオレンス)のような緊急性の高い事案では、速やかに専門家や関係機関に相談し、適切な保護や法的措置を講じることが重要です。
家族間の問題は複雑で感情的になりやすいものです。しかし、冷静に状況を分析し、必要に応じて専門家の助言を得ることで、適切な解決策を見出すことが可能です。
まとめ
別居中の配偶者への自宅明渡し請求は、婚姻関係破綻の原因、使用貸借契約の有無、同居義務の存在など、様々な要因が考慮され、一般的には認められにくい状況にあります。しかし、自宅に残った側の暴力や暴言といった深刻な問題がある場合や、明渡し請求を正当とすべき特段の事情がある場合など、状況によって判断が変わる可能性があります。自宅明渡し請求に関する問題は法的に複雑で、個々の事案によって判断が大きく異なります。そのため、このような問題でお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。