法人化で婚費逃れ?裁判所が認めた収入基準

法人化による婚姻費用減額の実例

離婚問題において、婚姻費用の算定の基礎となる収入の額が大きな争点となることは少なくありません。特に、自営業者や会社経営者の場合、収入のが高額となり、さらにどこまでを収入とすべきかが争われて状況が複雑化することがあります。今回は、当事務所で取り扱った、法人化による収入の変更による婚姻費用が争われた興味深い事案を紹介しながら、自営業者や会社経営者の収入はどのように判断されるかについて解説していきます。

事案の概要

本件は、個人で事業を経営していた夫婦の離婚問題に関するものです。当事務所は妻側の代理人として関わりました。夫婦が別居してから半年に満たないうちに、夫は経営していた事業を法人化しました。ここで問題となったのは、法人化前後での夫の収入の変化です。法人化前の夫の申告事業所得は約2500万円でしたが、法人化後の役員報酬は約1500万円と大幅に減少しました。この減少した後の収入を婚姻費用の算定の基礎とするべきかが争点となりました。

夫側(相手方)の主張

夫側は、法人化後の実際の役員報酬を基準とすべきだと主張しました。その根拠として、以下の点を挙げています。

  • 法人には多数の従業員が勤務しており、いわゆる「一人法人」の場合には当たらない。
  • 新型コロナウイルスの影響による売上減少があった。
  • 法人化後の具体的な売上や決算書の開示は、必要がないため行わない。

これらの主張は、法人と個人を別個のものとして扱い、法人化後の実際の収入を基準とすべきという立場を取っています。

妻側(当方)の主張

一方、妻側は法人化前の所得を基準とすべきだと主張しました。その理由は以下の通りです。

  • 法人化前後で具体的な経営状況(所在地、名称、従業員数等)の変化がない。そのため、突如大幅な収入減少が生じるべき事情は見当たらない。
  • 法人の当初基金は相手方が全額出資しており、法人の代表も相手方本人、その他の役員も相手方の親族のみで構成されている。そのため、相手方は自由に役員報酬を設定できる立場にある。
  • 相手方が提出した補助金申請書に記載された1月分の売上を年間に換算すると、むしろ売上が増加している可能性がある。
  • 別居から半年に満たないうちに法人化したことは、婚姻費用の減額を意図した恣意的な行動と考えられる。

これらの主張は、法人化が形式的なものに過ぎず、実質的な経営状況や夫の収入能力に変化がないことを強調しています。

裁判所の判断

審判の内容

本件では調停が不成立となり、さらに審判時の和解案も双方が拒絶したため、裁判所による審判が下されました。審判の内容は以下の通りです。

いわゆる法人成りで現実的な経営状況の変化がないところ、法人の出資者も役員も相手方であることからすれば、相手方は自己の役員報酬額を自在に決定できる立場にあったことに加えて、法人化し相手方の収入が減額されたのは別居開始後●カ月後(※半年に満たないうち)であること、売上に変化がない可能性が高いにもかかわらず、相手方から的確な収入減少の理由の主張立証がないことからすれば、相手方の基礎収入は自営時代の●●万円(※約2500万円)とすべきである。ただし、高所得者の資産形成部分を考慮して、算定表上限どまりの月額38万円とする。

「算定表上限どまりの月額38万円」について
今回紹介している事案は、令和元年12月23日以前の事案になるので、旧算定表の「子1人(子15歳以上)」の上限額を参照しています。

判断の根拠

裁判所の判断には、以下の重要な点が含まれています。

  • 法人化による現実的な経営状況の変化がないこと
  • 夫が法人の出資者であり、役員報酬を自由に決定できる立場にあること
  • 法人化のタイミングが別居後わずか5カ月であること
  • 売上に大きな変化がない可能性が高いこと
  • 夫側から収入減少の適切な理由や証拠が提示されていないこと

これらの点を総合的に考慮し、裁判所は法人化前の収入を基準とすべきだと判断しました。ただし、高所得者の場合、収入のすべてを生活費に充てているわけではないという考慮から、算定表の上限額を採用しています。

法人化と婚姻費用の関係

法人化が婚姻費用に与える影響

法人化は、個人事業主が事業を法人形態に変更する手続きです。一般的に、税制上の優遇や社会的信用の向上などを目的として行われますが、離婚問題においては、婚姻費用の算定に影響を与える可能性があります。

法人化によって、個人の収入が役員報酬という形で明確化され、場合によっては減少することがあります。しかし、本件のように、法人化が婚姻費用の減額を目的として行われたと判断される場合、裁判所は実質的な収入能力を考慮して判断を下すことがあります。

裁判所の判断基準

裁判所は、法人化による形式的な収入の変化だけでなく、以下のような点を総合的に考慮して判断を下します。

  • 法人化前後の実質的な経営状況の変化
  • 法人の経営における当事者の立場や影響力
  • 法人化のタイミングと離婚問題との関連性
  • 売上や利益の実質的な変化
  • 収入減少の合理的な理由の有無

つまり、単に法人化したことだけを理由に婚姻費用の減額が認められるわけではありません。裁判所は、実質的な収入能力や法人化の目的、背景事情などを詳細に検討した上で判断を下すのです。

会社経営者の婚姻費用算定で注意すべきポイント

収入認定の重要性

会社経営者の婚姻費用を算定する際、最も重要なのは適切な収入認定です。法人化によって役員報酬が減少したとしても、それが直ちに婚姻費用の減額につながるわけではありません。裁判所は、実質的な収入能力や経営状況を考慮して判断を下します。

したがって、会社経営者は自身の収入を適切に把握し、収入が変化(減少)した場合には、その合理的で具体的な理由を説明できるよう準備しておくことが重要です。また、法人化を検討する際には、それが婚姻費用の算定にどのような影響を与える可能性があるかを事前に検討しておくべきでしょう。

適切な証拠の提示

本件で重要だったのは、夫側が収入減少の合理的な理由や証拠を十分に提示できなかった点です。裁判所が収入を認定する際、具体的な証拠が重要な役割を果たします。

会社経営者は、以下のような資料を用意し、必要に応じて提示できるようにしておくことが望ましいでしょう。

  • 法人化前後の確定申告書
  • 法人の決算書類
  • 売上の推移を示す資料
  • 経営状況の変化を説明する資料
  • 役員報酬の決定に関する資料

これらの資料を適切に準備し、必要に応じて提示することで、自身の主張の信頼性を高めることができます。一方で、会社と個人を別のものとして扱い、必要な情報の開示を拒否すると、裁判所の判断に不利に働く可能性があることに注意が必要です。

まとめ

法人化による収入の変更が婚姻費用に与える影響について、実際の裁判例を基に解説してきました。裁判所は、収入の減少の事実だけでなく、経営状況の実質的な変化や法人化のタイミング、証拠の提示状況など、多角的な視点から判断を下します。会社経営者の方々は、収入の変化が生じた際には、その合理的な理由と適切な証拠を準備することが重要です。法人化を検討している方や、収入の変動が婚姻費用に与える影響についてお困りの方は、初回相談料は無料になっておりますのでお気軽に当事務所までご相談ください。

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